丹波山金山 付帯遺跡マルケバ / まるきば 散策 (2020.08.16)

暑い日々が続いています。

こんな時は水遊びをしながらのメガネで砂金掘りが最高に気持ちが良いです。しかし、去年の台風後、メガネ掘りができる寄せ場が埋まってしまい、どうも砂金掘りにモチベーションが保てなくなりつつあります(他の金の濃い川へ行けばいいのですが、丹波川が好きなのです)

さて、前回調べて投稿した「舟越金山跡」の付帯遺跡というか舟越金山へ調査に入るきっかけとなったと書かれているマルケバ(まるきば)の場所を調べていると、案外苦労せずに到達できそうだと思いまして、お盆最終日にでかけてきました。

この暑い時期に低山へでかけるなんてどうかしている。と思う向きもあるかと思いますが、在宅勤務が続き大幅に増えた体重を少しでも減らしたい。いつも空調の効いた部屋にいるので、たまには滝汗をかきたい!という真っ当な理由もあるのです。

正確な場所を推測

舟越金山遺跡について調べた時に読んだ資料にこんな記述がありました。

40年ほどまえに、舟越とよばれる山中に平坦な場所があり、そこに石臼があった、という記憶を持つ村の観光協会会長の木下勲氏の案内で昨年十一月三十日、丹波山村の最西端にあたる船越山中の芦沢山山腹一体の踏査を行った。

その結果、芦沢山の山腹あたりの標高1000m前後の通称「まりきば」と呼ばれている山中に、金山遺跡がいまでも良好な形で残っていることが確認された。かなりの広さのテラスをもつ居住推定域と、そこからやや離れた位置に小さな沢を中心に展開する作業場的テラスが存在する。

山梨県史研究-第10号-,2002.03  P.59から引用

舟越山金山は、ムジナ沢源頭部付近にあるのではないか?と前回推測したわけですが、そこから北西へ400mほどの辺り、標高980-1000m付近に不自然に平坦な場所があります。

また、源太川遺跡や不動滝遺跡に設置されている案内板に描かれているマルケバの位置も大凡この辺りを示しています。

想定ルート

もちろん登山道はありませんが、マルケバから西へ伸びる比較的緩やかな尾根があります。丹波山村周辺の尾根には大抵仕事道が刻まれています。もし、道が無くとも、この尾根に乗れば簡単に到達できそうです。また、麓の三重河原には駐車場もあり交通の便も良し。

というわけで三重河原から入山する事にしました。

マルケバ到達後は、付近を散策。あわよくば舟越金山遺跡を上から眺められたらなお良しです。帰り道は、別ルートで降りられそうならばそこを。無理そうならば、来た道を引き返せばいいかなと。

沢付近には、水源巡視道があるかもしれないし、それを見つけられれば一気に下山できるだけでなく、もし再訪する事があればアプローチも楽になるかもしれません。


三重河原駐車場(?)

この時期、泉水谷は釣り人で賑わいます。三重河原近くの駐車場は、10台も停めたら満車です。なので、朝一で入渓した釣り人で早い人が帰っていく8時半頃、三重河原へ到着しました。

予想通り数台分駐車スペースが空いていてスムーズに駐車できました。

まだ右側のスペースが空いています。残り6台くらいは駐められそうです。

出発

泉水横手山林道は先の方で崩落しているそうで通行禁止になっていました。

ぼくは、サカサ沢付近(駐車場から上流へ200m程度)で泉水谷を渡渉するつもりですのでそのまま進みます。厳重に閉鎖されていたら、渡渉サンダルに履き替えて沢を遡上するつもりでした。

 

この看板「やまなしの森林100選 サカサ沢のヒノキ林」の脇から河原へ降りる階段が付いて安全に河原まで降りられます。

道沿いに進むと、ラッキーな事に木橋がかかっています!大水で流されているのではないか?と心配して渡渉サンダルを用意してきましたが、使わずに済みました。

時刻は09時少し前。谷が深い為、この時間では谷底まで陽の光が差し込みません。しかし、気温は十分に高く、川を渡る風が涼しく気持ちよい場所です。

水源巡視路にぶつかる

泉水谷右岸へ渡ると人の歩いた形跡が見えます。釣り人か?仕事道か?と思いつつ道を辿るように進むと、立派な道にぶつかりました。

美しい幾何学的なヒノキ林の中に水源巡視路が通っていました。

以前の記事でも書いたとおり、水源巡視路は一般に公開されていません。巡視道がここを通っている事は知りませんでした。泉水谷と平行して伸びいてるようですが、どこへ続いてるのかわかりません。

想像ですが、下流方向は「黒川通り」に接続していそうな雰囲気です。では上流方面はどこへ?謎です。しかし、このまま進むとサカサ沢方面です。帰りの下山に、サカサ沢方面へ降りる事も考えていたので、この道は使えるかも!と幸先良いスタートとなりました。

想定していた尾根へ乗るために、水源巡視路から頃合いを見て尾根方面へ、エイヤ!と無理やり直登しました。地面が土なので歩きやすいです。これが砂礫だったとしたら登るのは嫌になってしまいそうです。

立派な尾根道

取り付くまでに少し手こずりましたが、乗ってみると予測通り尾根には仕事道が付いていました。この感じだと、水源巡視路からこの尾根に取り付く脇道がありそうです(見つけられませんでしたが・・・)

あとはまっすぐに尾根を詰めていけば「マルケバ(まるきば)」に到着です。

以前登った竜喰谷の精錬場脇の尾根よりもよっぽど楽ちんです。しかし、風通しの悪い尾根なのか蒸し暑いです。蝉しぐれを聞きながらグイグイ登っていきます。

真ん中に日光の筋が入ってしまいましたが、こんななだらかな尾根をのんびり歩いて行きます。南斜面はヒノキの植林の森なのですが、尾根や北側には松、ブナが生えています。地面にはシャクナゲも成長しつつあります。植林の幾何学的な山も良いですが、ブナなどの広葉樹も森も良いモノです。

ふと目を下ろすと、野生動物の糞が落ちていました。なんの種でしょう?種が大量に散らばっています。動けない樹木の生存戦略ですね。

古い糞なのでよくわかりませんが、熊では無さそう。一面に散らばっています。狸の溜糞は、獣害の一種として問題になっていますが、かつてここはたぬきの溜糞場だったのでしょうか。

マルケバに到着

滝汗を流しながらゆるゆると尾根を上り詰めると、一気に視界が開けます。

ここはなんなのでしょう?まるで、田舎の裏山のような、村の神社の裏庭のような。広い平らな空間が広がっています。

今から500年位前、ここ集落があって人々が暮らしていた。そう考えると、ここがとても居心地の良い場所に感じられます。
※ 実際のところ、男性の平均寿命は40歳前後と金山衆の暮らしはかなり過酷であったと言われています。

一人でこんな山の中に居ると、時々背筋がゾクゾクする事があります。オカルト小説などでは、残留思念が云々と書かれることでしょう。しかし、「日本の幽霊の寿命は400年から500年」と言われています。という事は、ここで暮らしていた方々の幽霊は、そろそろ居なくなる頃合いです。そのためか、とてもゆったりとした気分で、しばしこの開放感と蝉しぐれを楽しみました。

のんびり後、付近を散策してみます。やはりありました!露天掘り跡です。よく辺りを見回すと、窪地がいくつも見つかります。

こういう露天掘りも山金というのでしたっけ・・・?金鉱脈を追い掘り進むのが山金で、金鉱脈を含む石を砕く為に石臼が用いられる。しかし、足元はふかふかとした落ち葉と土です。その下の岩盤に鉱脈が走っているのか、はたまた、昔はここに露頭が出ていたのかもしれません。

歩いていてブレブレですが、写真ではわかりにくい(と思う)、露天(露頭?)掘り跡の動画です。

やはりいた

尾根をあがっている途中、「クマハギ」跡をみかけました。お隣の黒川鶏冠山では「熊棚」が見られます。沢を挟んで反対側の舟越山に、彼らがいないわけがありません。

りっぱなクマハギ跡です。

古いクマハギ跡ですが、尾根にある立派な木がことごとくやられています。クマハギをされると枯れてしまう木が多いそうなのでこれらの木もやがて枯れていくのでしょうか。

金山衆が残した石碑など無いかなぁ?と下を向いてウロウロとしていると、突然の獣臭。ドキッとして見回すと、ついさっき排泄されたと思われる新しい糞がありました。まだ濡れていて、コガネムシが取り付いています。

熊かイノシシかタヌキか。なんの糞かわかりませんが、ついさっきまでここに居たという感じです。盛大に「クマよけ鈴」振り回しながらの散策です。

こういう時、一人だと心細いです。

ピーク付近からムジナ沢方面を覗く

住居跡と思われるテラスというか広場を堪能したので、第二目標である、ムジナ沢方面が覗ける高台へ移動しました。

マルケバ付近とは異なり、苔むした植林の森です。風もなく静かな雰囲気の中、蝉の声しか聞こえません。どこか幽玄さすら感じる風景です。

しかも、わりと傾斜がきつく地面には獣道すら見当たりません。降りられないことはなさそうですが、登り返すのが怠そう、またテラス風の地形も見当たりませんでした。

下山開始

時刻は10:30。そろそろ本格的に暑くなってきそうですし、夕方から用事があったので下山準備を開始します。

同じところを降りるのはつまらないので、マルケバの南へ50mほど下った辺りに位置する尾根を通り、サカサ沢辺りを目指して降りてみる事にしました。無理なら戻ればいいだけです。

1021ピークから南へ分かれる尾根。ある程度降りたあと、東へ伸びる痩せ尾根へ乗りました。

こちらの尾根には仕事道は付いておらず蜘蛛の巣だらけ。たまに鹿の糞が落ちている程度。細い尾根をなるべく傾斜の緩い方向へ進み少しずつ高度を下げていきます。

尾根の北側にある涸れ沢は、植林の林になっています。過去に人は入っていたはずですが、長い間手入れはされていない感じです。

このような尾根を降りると、最後に大きな段差で苦労する事が多いのですが、今回も同じ。尾根に道がついている場合は、段差の少し手前に脇道があったりします。しかし、今回降りてきた尾根には踏み跡がありませんでしたから、脇道は無さそう。

これはエイヤ!と降りるしかない。高さは3m程度。ザイルがあれは懸垂で一瞬なのになぁと思いつつ、三点確保でなんとか降りました。

サカサ沢へぶつかり、巡視道発見

サカサ沢を目指して降りてきたので当然ですが、無事にサカサ沢へ到着しました。そろそろ沢の水が見えてくるかな?というところまで来て、なにやら人工物が・・・人?滑落してる?

ぼくは視力が弱くて、一瞬ドキっとしましたが、水源巡視路の補修作業部材でした。ドンピシャで巡視路に降りて来られました!なんとなくありそうだなぁとは思っていましたが、まさかこんなピッタリの場所に降りられるとは!

沢の水で手と顔を洗い大休止。水があると涼しいのは良いのですが、虫が出るのですよね。蚊取り線香(クマよけのお守り)をぶら下げていますが効果が有るのやら無いのやら。

上流を見ると古い石垣が見えました。が、これはきっと古い砂防ダムなのでしょうねぇ。

このような巡視道を下り無事に泉水谷の出発点の橋へ戻ることができました。巡視道は歩きやすいなぁ!

予定ルート

歩いたGPSトラック

予定していたルートとほとんど同じコースで登り降りする事ができました。

登り始めが8:30頃下山したのが12:00頃でした。途中ぼんやりしたり、降りてきて泉水谷の橋の上で昼寝したので歩いていた時間は正味2時間弱でしょうか。

予想通り、ムジナ沢や黒川通りから入るよりも楽なアプローチとなりました。

まとめ

三重河原から比較的楽にアプローチできる「マルケバ/まるきば」を訪れました。

論文で読んだ通り、不自然に広い広場といくつかの露天(露頭?)掘り跡を見つけることができました。登る途中は暑い植林の森ですが、ピークに達すると一気に開け(展望はなし)住心地の良さそうな場所です。ただし、水は無さそうでしたが。

お隣の黒川金山との往来も昔の人の脚力ならば数時間程度と思われるので、同じ金山衆が掘っていたという推論にも納得できます。

黒川金山では、石碑やその他遺物が数多く発見されています。石碑の一つくらいは・・・と探してはみましたが見つけられず。黒川金山から通いで掘っていたというのならば、石碑がないのもまぁ分かるような気はします。

丹波山村周辺の山々には、登山道の無いピークはたくさん存在しています。もちろん、植林されていたり、水源巡視道が張り巡らされているので全く人が歩かない場所はないのでしょうけれど、人知れず埋もれている遺跡は他にもまだあるに違いない。そんな事を感じた山行でした。

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カテゴリー 金山

「丹波山金山 付帯遺跡マルケバ / まるきば 散策 (2020.08.16)」への4件のフィードバック

  1. 行ったことがあるはず、と自分のブログで記録を探していたら2005年秋の金山博物館の遺跡見学会で訪れていましたので博物館に見学会のガイドブックなどがあるかと思います。
    当時は露天掘りに関する意識も低かったこともありますが、現地を見ても「これが?」といった印象しか残りませんでした。今ならもう少し違った感想があるかもしれませんが。

    1. ガリンポさんからコメントをいただけるとは!ありがとうございます。
      金山博物館に資料があるのですね。今度近くへ行ったときに寄ってみますっ

  2. 見学会の度に資料は作っていたはずなのであると思います(元になった資料はlonebさんが本文で挙げられているものの可能性は高いですが・・・)。
    当時のことを知っている人は少ないので予めメールか何かで問い合わせた方が良いかと思います。

    1. 行く前には、事前に問い合わせをして確認が取れてから出かけたいと思います。
      2005年というともう15年も前の話になるのですね。発掘調査が行われていた頃に、金山遺跡に興味を持っていたらきっと刺激的だったのだろうなぁと悔やまれます。

      ご指摘をありがとうございました。

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