丹波山金山 舟越金山(机上調査)

先日、丹波山金山 不動滝遺跡を見学して来ました。次は同じく、丹波山金山を構成する金山遺跡「舟越金山跡」へ行ってみたいと思っています。

舟越金山は、他の丹波山金山遺跡とは異なり、山金の採掘跡だそうです。

しかしネットで検索をしても「舟越金山」の名前は出てきても、正確な場所はなかなか書かれていません(見つけられませんでした)

源太川遺跡や不動滝遺跡に設置されている案内板には、おおまかな場所が書いてあります。が、しかし、これだけではわかりにくいのです。

というよりも、「舟越金山遺跡」を示すマークはどれ??状態です。

ネットになければ、紙の資料

丹波山金山遺跡の案内図から

「穴を掘るより資料をほれ」とは、故 畠山清行氏のお言葉ですが、まずは場所を特定する為に資料を調べます。

不動滝遺跡の説明看板の図に、曖昧ながらも場所が描かれていました。拡大してよく見ると、「舟越金山遺跡」の文字はあるものの、場所を指し示すマークがみあたりません。

他の遺跡から推測すると、赤三角が遺跡を指し示す印とわかります。

そして赤丸は、ランドマークでしょう。なので、4つある赤丸は、「マルケバ」「ムジナ沢」「貝沢」「村役場」だと推測できます。では、舟越金山遺跡を示す赤三角はどこに??

今度は源太川遺跡の看板を拡大してみます。

源太川遺跡と同じ図が使われていることがわかります。

グリーンロードが延びていない(道が整備されていない)という理由で意図的に載せていないのでしょうか。楽しくなってきました!

武田氏研究 – 第27号 – 2003.3

丹波山金山遺跡第一次学術調査概報 , 丹波山金山遺跡学術調査団

書店での取り寄せには2,3週間かかるそう。それならば直接注文を!と思ったら支払いにカードが使えず煩わしいので購入は断念。国会図書館で閲覧可能。

山梨県史研究 – 第10号 – 2002.3

丹波山舟越金山と二、三の考察, 荻原 三雄

第10号はすでに品切れとなっており入手困難。もちろん、国会図書館で閲覧可能。

先日、久しぶりにオフィスへ出勤しました。仕事を早めに上がり帰りに国会図書館で資料を読んで来ようと企んでいたのですが!なんとこの時期、新型コロナウイルス感染拡大防止の為に一週間前に予約し抽選に当選した人のみが入館できる。というシステムになっていました。oh…

予約なしで閲覧可能かつ近場の図書館/資料館を探すと・・・四谷にある「新宿歴史博物館」に収蔵されていることがわかり、無事に読むことができました。帰り際、急な雷雨に困っていたら傘を貸していただき感謝です。

論文集の場合でも、著作権の関係で論文全ての複写は許可されていません。なので、メモと必要な部分だけコピーしてきました。

P.57より引用

P.59より引用

芦沢山の山腹あたりの標高約1000m前後の通称「まりきば」と呼ばれている山中に、金山遺跡がいまでも良好な形で残っていることが確認された。
(略)
さらに上方の山中に露天掘ヶ所が存在するという。

まとめると、ムジナ沢沿い芦沢山の中腹付近にテラス群があるという事になりそうです。

日本の金銀山遺跡 -萩原三雄-

P.102 から引用

山金関連遺跡である丹波山舟越金山については、2001年(平成13年)に初めて踏査され、その存在が明らかになった。芦沢山の山腹の標高960~1000m付近の通称「マルケバ」「ムジナ沢」と呼ばれている一体に所在しており、小さな沢を中心に作業域や居住域と思われるテラスが存在している。

この書籍は、2013年発行なので上の2編よりも後の著作になります。2編の論文が書かれた後に判明した内容も反映されている事でしょう。

つまり、黒川金山が黒川谷の源頭部にあるのと同様に、舟越金山は「ムジナ沢源頭部にある」と推測されます。

ところで、地質図を読むとサカリ山山頂付近に花崗閃緑岩が出ています。この花崗閃緑岩のキワに金鉱脈が生成されたと考えると、「ムジナ沢」よりもむしろ「貝沢」「マリコ沢」沿いの方が金が採れる気がするのですけれど、今は、金山遺跡を見に行きたいのでとりあえず「ムジナ沢」に注目することにします。

※ 国土地理院地図を加工して作成

国土地理院地図で地形を調べる

おおよその場所が判明したので、具体的にはどの辺りなのか。どうやってそこへ到達するのかを考えてみます。

※ 国土地理院地図を加工して作成

案1 ムジナ沢から入る

このムジナ沢源頭部で分かれる沢のうち、西側の沢へあがって行けば、テラス群のあると思われる場所へ出られそうに見える。しかし、ムジナ沢は中流域にゴルジュの連瀑があり両岸の等高線はかなり密。一人で入るのは危険な感じ。

ムジナ沢源頭域には、昔、広大なわさび田が広がっていたそうです。そして、今でも、そこへ続く作業道が残っていて歩ける可能性は高い。

ムジナ沢左岸の作業道のパノラマ写真(180度)

ムジナ沢 – 丹波川出合い付近の様子

案2 黒川通りから1021脇の小ピークへ

この付近の丹波川右岸には、青梅街道の旧道が残っている。「黒川通り」で検索をすると実際に歩いた方々のレポートを読むことができる。

その黒川通りから取り付き、比較的緩やかな斜面を選んで詰めていく事で、金山跡へ到達できそうな感じ。ただし、比較的緩やかといっても、かなりの急登である事に変わり無い。

大常木橋脇から見える、苔蒸した石段を登る。

苔で少し滑る。人が歩いた形跡はほとんど無い。

登り切ると、緑の道が広がっている。おそらくこれが、黒川通りなのだと思われる。

なんとなく、かすかに、路盤のような雰囲気を感じる。が、人が歩いていないのでいたる所に蜘蛛の巣が張っていて気持ち悪い。

案3 泉水谷から1021脇の小ピークを目指す

逆サイドの舟越山の西側を流れる泉水谷から入る案も考えられそう。黒川金山を掘っていた金山衆が、泉水谷を挟んで反対側の舟越金山も掘っていたのではないかとの推論は、先の論文でも言及されている。

バリエーションルートを探す時の参考となるヤマレコでも、このルートを歩いた記録は見あたらない。が、昔の金山衆が歩いた道があるかもしれないと考えると胸熱である。

YamaRecoより引用

結論

丹波山金山遺跡学術調査団の方々は、おそらくムジナ沢沿いの作業道を登って行ったのではないか(地元の方の案内とあったので)。しかし、今から20年近く前の話で、現在も歩けるのかどうかは不明である。

グリーンロード沿いにある金山遺跡の看板に、なぜ正確な位置の記載が無いのか?という疑問の答えは、舟越金山遺跡へ到達する為の道が整備されていないからではないか?という想像は案外当たっているのかもしれない。

どこから入っても険しい山中なので、山が乾いた頃に挑戦してみたいと考えている。ちなみに調査団は、下草が枯れた11月に入山している。

それにしても、見れば見るほど、砂金を採るのなら貝沢やマリコ沢の方が有望そうなのが気になります。
※ 現在、貝沢登山道は台風による崩落の為、通行止めになっています
貝沢線登山道 通行止めについて(丹波山村ホームページ)

村営釣り場前から、貝沢上流方面を望む。多量の土砂が流出した事がわかる。こちらはしばらく歩けそうにありません。

参考資料

武田氏研究 第27号 (岩田書店)

山梨県史研究 第10号 (山梨県)

投稿日: カテゴリー 金山

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