「一般社団法人日本オオカミ協会」という団体がある。この団体は、オオカミに対する誤解と偏見を解き、オオカミが絶滅してしまった日本にオオカミを復活させるというのが趣旨だそうだ。
古来、日本には、ハイイロオオカミの亜種である(※諸説あり)ニホンオオカミとエゾオオカミが生息していた。しかし、1905年を最後に捕獲情報が途絶え絶滅したと考えられている。これは、明治の開国後、本来日本には存在しなかった家畜伝染病(狂犬病、ジステンパー)が海外から流入し大規模に駆除された事、また、行政がオオカミの駆除に懸賞金を出した事も重なり、その結果として極短期間で絶滅に追い込んでしまった。
この本は、2005年に開催された「日本のオオカミ絶滅百年シンポ」で発表された内容を元にまとめた物で、2007年に出版されている。
なぜオオカミの復活を提案するのか?自然保護運動などに縁の無い読者にもわかりやすく筋道立てて、各章で解説されていてとても読みやすい。
ただし、上の説明からも分かるとおり「推進派」の方々が書いているというところには注意が必要だ。
なぜオオカミの復活が望まれるのか?
ここ2,30年、日本の山野では鹿、猪、猿の生息数が増えそれに従い、山林の樹木被害や農業被害が拡大している。
僕がよく登っている丹沢山地や奥秩父では、山へ入れば鹿の姿を見ないことは無いというくらい生息数の増加を身近に感じることができる。
また鹿による樹木被害(樹皮を食べてしまい、木を枯らしてしまう)も珍しい風景では無くなった。タケノコ山へ行けば、猪の食害を見る事ができるし、猿に至っては、庭で栽培している果実を毎年狙いにやってきて、防護ネットをかいくぐり果実を毎年食べられている。
この書籍では、それらの動物増加の理由を、捕食する動物(つまりオオカミ)の減少と狩猟人口の減少とみて、オオカミの復活こそが、現代日本の山野で起こっているいびつな生態系ピラミッドを修正する道だと説いている。
絶滅した種を野に放して大丈夫なのか?
これは、「オオカミを野に放つ」と聞いたときに誰もが感じる疑問だと思う。実際、僕もこの本を読みながら何度も考えた疑問である。
この本の主張としては、概ね以下の通りである。
-
- 既に生息していないオオカミを野に放つ事で、現在の生態系に影響はないのか?
- 元々日本にはオオカミが生息していたのだから問題ない
- ニホンオオカミとは、ハイイロオオカミの亜種であるから、海外からハイイロオオカミを導入する事に問題は無い
- オオカミによる人身事故、家畜被害は起こらないのか?
- 発生する可能性はあるが、極まれなはず。一定の狩猟圧(人間に対する警戒心を与え続ける)、餌付けをしない(最近、熊に対する餌付けが問題になっている)を心がければ、ほぼ発生しない。実際、オオカミが生息している海外ではそういう調査結果が出ている
- 家畜被害は、発生する。一定数は諦め、国からの保証が望まれる。また自主的な防護をすることで軽減可能である。
- オオカミの個体数をコントロールする事ができるのか?
- 可能。オオカミは「パック」と呼ばれるグループで行動し、それぞれ罠張りを持つ。縄張りを持てない個体は排除される仕組みを持っている
- 海外での実績はあるのか?
- アメリカのイエローストーン国立公園では、カナダから連れてきたオオカミを放ち、鹿の駆除に一定の成果をあげている。ただし、ハイカーによる餌付けの結果、人身事故も発生している。
- 既に生息していないオオカミを野に放つ事で、現在の生態系に影響はないのか?
Youtubeで人気ジャンルの一つにサバイバル物があり、ぼくも好きでよく視ています。先日、オオカミの暮らす山中で夜を明かすシチュエーションで、オオカミを警戒しているシーンがでてきました。24:30付近で「野生の狼はめったに姿を見せません」といいつつも、警戒している様子が印象的です。やっぱりオオカミは怖いです。
一筋縄ではいかない問題
高度成長期が落ち着き、人々に余裕が出てきた時代と言われている時代に産まれた、団塊Jr.世代のぼくにとって環境保護は、常に身近にあって目につく課題でした。緑の羽募金を始め、森林保護募金など、小学校で普通に行われていまし、メディアからは自然を環境を守ろう、動物を森を守ろうと聞かされて育ってきました。
そんな自然保護運動が内包する矛盾に気づいたのは中学生の頃でしたか。それ以来、様々な自然保護運動が現れては消え、また復活したりしています。それらがお互い複雑に絡み合い、よくわからないことになっています。「自然に任せる」のが一番だと思っていても、生活をしていかなくてはなりませんから、人間の社会活動と自然の妥協点を探っていくことになるのでしょう。
書名は失念してしまいましたが、戦後間もなくの頃に丹沢山中で暮らした方が書かれた本を読んだことがあります。その本には、進駐軍によりスポーツハンティングの対象とされた鹿が、当時大幅にその個体数を大幅に減らした為、丹沢の鹿の保護について熱く語られていました。その後の保護政策のおかげで今では個体数が予想外に増え、丹沢の鹿はヤマビルの運び手として有名になってしまいました。上の著者は既に他界されているでしょうが、今の丹沢の惨状は予想していなかったと思います。オオカミを安易に野に放つ事も同じように後々のケアまでしっかりと見据えた上で慎重に行う必要があるでしょう。
オオカミを野に放つメリットは理解したつもりですが、山を歩くのが趣味の一つであるぼくとしては、やはり、人を襲う可能性のある動物を復活させるのには抵抗を感じてしまいます。
などと、いろいろいと考えさせられる一冊でした。
発行から10年経って
この本は、2007年(今から10年以上前)に発行されていますから、いくつか情報のupdateがあります。この書籍の中で、「ニホンオオカミはハイイロオオカミの亜種である」という前提の上に書かれています。しかし、2009年、2014年に「ニホンオオカミは固有種である」という論文が発表されています。生物学は専門外なのでDNA解析がどのような精度で行われ、どの程度の違いがあれば固有種なのか?わかりませんが、専門家の間でも「亜種なのか固有種なのか揺れている」という事はわかります。
前提が崩れた以上、オオカミを野に放つのは一度よく考えてからのほうが良さそうですね。
書籍データ
書名: オオカミを放つ
著者: 丸山直樹 須田知樹 小金澤正昭 編著
出版社: 白水社
2007年 01月 25日発行
193ページ
目次
序章 : 日本におけるオオカミ絶滅百年を迎えて
第一章: 崩壊する生態系 – オオカミ絶滅がもたらしたこと
第二章: 尾瀬にもシカ出現! – 自然生態系が危ない
第三章: オオカミは何を食べているのか
第四章: オオカミは日本に帰ってきたら何を食べるのか?
第五章: オオカミの捕食能力 – 生態系への貢献
第六章: ポーランドのオオカミの生息状況
第七章: オオカミと住民との共存 – ポーランドの事例
第八章: モンゴル人のオオカミ観、今昔
第九章: 日本人のオオカミ観
第十章: 人を襲わないオオカミ、襲うオオカミ